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東京地方裁判所 平成5年(ワ)22271号 判決

原告

島田豊

右訴訟代理人弁護士

根本良介

被告

株式会社三和銀行

右代表者代表取締役

川畑清

右訴訟代理人弁護士

小沢征行

主文

一  被告は、原告に対し、金三一五九万三七五九円及びこれに対する平成五年八月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(主位請求)

被告は、原告に対し、金五五〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

一  訴外太平石井鉄工有限会社が被告に弁済した別紙弁済目録記載の弁済を取り消す。

二  被告は、原告に対し、金五五〇〇万円及びこれに対する平成五年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

銀行業務を行っている被告が、顧客である原告から所有建物の建て替えの相談を受け、それに併せて建設業者の紹介を依頼されたので、被告の多額の融資先で債務超過にある建設業者を原告に紹介して請負契約を斡旋し、原告から建設業者の口座に振込み支払われた契約着手金を融資金の回収として処理した。ところが工事途中で右建設業者が倒産したため、原告は、被告に対し、被告の右債権回収行為は、主位的には不法行為(詐欺)に、予備的には詐害行為に該当するとして、前渡し契約金相当額の損害の賠償もしくは返還を求めて、提訴したのが本件事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、銀行業務を行う被告押上支店(以下「被告支店」という。)と長年にわたっての銀行取引関係にある、いわゆる被告支店の顧客であった。

2  原告が、平成三年秋ころ、自宅兼事務所として使用してきたビルの建て替え計画を被告支店に相談したところ、被告支店は、出入りの一級建築士長藤俊之(以下「長藤建築士」という。)に作成させた事業計画書を原告に持参したり、その後も、被告支店の当時の支店長代理小田桐敏之(以下「小田桐」という。)や原告担当の渡邊浩二(以下「渡邊」という。)が積極的に事業計画の採算性や融資の相談に応じてきた。

3  原告は、平成五年四月二一日、被告から以前(平成四年一、二月ころ)に紹介されていた太平石井鉄工有限会社(以下「石井鉄工」という。)との間で、ビル建設工事の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

4  原告は、同月二七日、本件契約に基づいて、被告支店にある石井鉄工の預金口座に着手時払金として五五〇〇万円を振込み支払った(以下「本件振込金」という。)。

5  被告支店は、本件振込金について、石井鉄工との予めの合意に従い、振込日当日、口座振替手続を行って石井鉄工等に対する融資金の弁済に次のとおり充当した(以下「本件弁済充当」という。)。

(一) 石井鉄工に対する融資金の元利金弁済として金四一六五万〇七四一円

(二) 石井鉄工代表者石井喜一郎に対する融資金の弁済として金一二〇〇万円

6  石井鉄工は、被告支店から多額の融資を受け、平成四年一二月末現在、二億一〇八〇万円の借入額となっていたところ、次のとおりの支払手形の決済ができず、平成五年七月末ころ不渡り処分を受け事実上倒産した。

(一) 一回目 平成五年七月二六日 金一二二七万四三三一円

(二) 二回目 同年同月末ころ金一〇〇万円

二  争点

1  不法行為について

(一) 被告支店が多額の債務を抱えている石井鉄工を顧客である原告に紹介したことに関して

(1)債務超過の経営状況にあった事実を原告に告げないこと(争いのない事実)のほかに、石井鉄工が信頼できる建設業者であると言って原告を信頼させたか。

(2) 被告の石井鉄工に対する貸付金を回収する目的をもって本件契約を締結させたか。

(二) 本件弁済充当は、自由経済社会における自由競争原理の範囲を逸脱したものとして許されないものであるか。

2  原告は、本件弁済充当について、石井鉄工の詐害行為として取消権を行使できるか。

3  原告の被った損害額について

第三  当裁判所の判断

一  争点1(石井鉄工の倒産による被告の原告に対する不法行為責任)について

1  原告は、被告支店が債務超過の石井鉄工を経営上不安のない企業であると原告に紹介して本件契約を締結させ、そのうえ本件振込金を石井鉄工の借入金に充当して債権回収の利得を得ながら、その後の支援を打ち切って石井鉄工を倒産させたとして、被告の右一連の行為が不法行為に該当すると主張し、被告は、これに対して、銀行の守秘義務を抗弁として、石井鉄工が債務超過の財政状況にあったことを原告に告知する義務がなく、したがって石井鉄工を経営的に大丈夫な企業であると紹介していないし、本件弁済充当については、自由経済社会における一般に許された自由競争原理の範囲内にある経済取引行為であって、不法行為に当たらないと主張する。

2  銀行が顧客の秘密を業務上知り得る立場にあって、これを守秘する義務を負っていることについては、これを論ずるまでもなく、したがって、他の顧客から取引相手としての信用度について問い合わせがあった場合でも、相手方顧客の経済的信用を損なわない程度の情報を顧客サービスとして提供することはあっても、業務上知り得たその顧客の経営状態を正しく告知する義務がないのは勿論である。

しかしながら、守秘義務があるということと真実を告げなくてもよいということは同列ではなく、誤った情報を提供したことにより、それを信じて取引を行ったものが損害を被った場合には第三者の債権侵害として損害賠償を負うことがあり得るというべきである。例えば、債務超過の状況にあって倒産寸前の顧客について経営状況が安定しているとか、仕事内容に杜撰な顧客を仕事のよくできる顧客で信用できるという情報を提供したときは、その情報を信じて契約をした結果、契約途中で倒産して代金を踏み倒されるとか、不良製品を掴まされたという場合は、誤った情報の提供と契約締結との間の因果関係、更に発生した損失との間の因果関係が立証されれば、誤った情報を提供したものも責任を問われる可能性が高いといえるであろう。それは、契約関係において生ずる相対的な債権であっても、妄りに第三者から債務の履行を妨げられない、いわゆる不可侵性を有するからであり、銀行を第三者に置き換えて敷衍すれば、、銀行は守秘義務を課されている反面、一般的に顧客から寄せられている信用度、すなわち銀行が提供する情報は正確であるとの期待は絶大であり、その信用を背景にして集めた顧客の預金を資金力として他の顧客に貸し付けることを業務の本旨としていることから見ても当然の帰結である。

3  そこで、本件において被告支店が原告にどの程度の石井鉄工の情報を提供し、それを信じて原告が本件契約を締結したかであるが、原告は、被告支店の渡邊に石井鉄工の経営状況を問い合わせたところ、大丈夫である旨を回答したから本件契約に踏み切った旨主張し、証人島田益子もそれに沿う供述をしているが、他方石井鉄工のことについて、心配で何度も渡邊に質問したと述べていることに鑑みると、渡邊は銀行員としての守秘義務を念頭において原告の妻と対応していたことが窺われ、被告支店が石井鉄工を経営的に問題がない、信用できるとまでは積極的に紹介していないことが認められ、いわゆる虚偽の情報を原告に提供して本件契約の締結を斡旋したものではない、と解するのが相当であり、原告の主張する被告の詐欺による不法行為は認められない。

4  しかし、本件においては、被告支店が債務超過の経営状況にある石井鉄工を原告に紹介しただけに留まらず、原告の振り込んだ本件振込金を石井鉄工の債務に充当して利得を得ているのであるから、右利得と原告が石井鉄工の倒産により被った損害との関係次第によっては、第三者の債権侵害と同等に評価すべき特段の事情の存在を認めるべきではないかという問題がある。

そこで、右特段の事情の有無について検討するに、被告支店が原告に石井鉄工を紹介して本件弁済充当を受けるまでの経緯として次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成三年秋ころ、原告所有建物の建て替えを計画し、長年の取引銀行である被告支店に相談したところ、被告支店は、顧客である長藤建築士に事業計画書を作成させ、小田桐や渡邊が事業計画の採算制や融資相談に応じるなどして積極的にビル建設を協力する姿勢を示した(争いのない事実)。

(二) 被告支店の小田桐が、平成四年一、二月ころ、石井鉄工代表者の長男である石井義人(以下「義人」という。)及び長藤建築士を伴って原告方を訪問し、その際、石井鉄工を原告の前記事業計画の建設業者の候補者として紹介した(証人島田)。

(三) 原告は、右事業計画を検討したが、金利の上昇によるローン返済と賃料収入の関係がはっきりせず、採算の見通しが困難であることから、一旦は計画を断念した(争いのない事実)。

(四) しかし、義人は、自分の経営している陽光土地建物株式会社がアパート管理をしていて不動産収支の計算に明るいところから、平成四年一一月二五日、「島田ビル建築計画」なる書面を作成してこれを原告に示して、ローン返済を三〇年にすれば採算が合うと原告を説得し、原告も右計画の実行により税務対策にもなり、ローン返済も可能であれば前向きに検討しようということになった(甲一〇の1、2、証人島田及び原告本人)。

(五) そこで、原告の妻は、島田ビル建築計画書を小田桐に示して相談したところ、小田桐は「検討する。」と言ってこれを持ち帰った(乙五及び証人島田)。

(六) 平成五年二月一二日、原告、その妻、渡邊及び同人が紹介した田尻税理士の四人で島田ビル建築計画書についてその見通し及び問題点を検討した(乙五及び証人渡邊浩二)。

(七) 原告としては、右の話し合いの結果、島田ビルを建築すれば税務対策としてのメリツトがあることは理解できたが、被告支店が島田ビル建築計画書通りのローン返済を前提とした融資を認めてくれるかどうかの不安もあり、渡邊を通じて被告支店の融資の見通しをきいたが、金利が上昇した場合のその分の支払いの見通しが義人の持ってきた話と渡邊の話とでは食い違い、建築計画の実行は難しいと判断してその中止を石井鉄工に伝えた。

(八) ところが、同年四月二日ころ、被告支店の当時の支店長千村設(以下「千村」という。)が突然原告を訪ね、原告が島田ビル建築計画についてローン返済の見通しの関係で建築計画を進めることに消極的になっているようだが、予定している融資金の金利が上がった場合の対応については、融資担当者を差し向けて前向きに検討したい旨を伝え、原告に融資金の返済については相談に乗り協力する用意のあることを表明した(乙三、九、証人島田及び原告本人)。

(九) 原告は、同月五日ころ、千村の意向を受けて訪ねた融資課長の村瀬忠清(以下「村瀬」という。)から具体的な返済計画書を示されて、被告支店がここまで融資協力をしてくれるのであれば、問題ないと決断し、同月二一日、石井鉄工と本件契約をするに至った(争いのない事実、乙三、九、証人島田及び原告本人)。

(一〇) 原告は、同月二七日、石井鉄工の依頼に基づき、原告名義の定期預金を解約してつくった五五〇〇万円を本件契約の着手金として被告支店の石井鉄工の当座預金口座に振り込んだ(争いのない事実及び証人島田)。

(一一) 被告支店は、本件振込後直ちに、石井鉄工とかねてからの打合せどおり、本件弁済充当を次のとおり実行した(争いのない事実、甲一五及び証人村瀬忠清)。

石井鉄工に対する融資金元本として

合計金四一三〇万円

右関係利息金

合計金三五万〇九四一円

石井喜一郎に対する融資金元本

金一二〇〇万円

合計金五三六五万〇九四一円

5  右(八)の認定事実に関して、千村作成の陳述書(乙九)は、原告を訪問したのは、義人が説明したアパート・ローンの間違いを訂正すること並びにアパート・ローンの金利返済方法の三種類を説明することにあった旨記述しているが、右陳述書にあるような説明であれば担当課長で充分であり、わざわざ支店長が原告方を訪問するまでもない内容であって、不自然極まりないものというほかなく、これに反して、原告が本件契約に踏み切ったのは、「被告支店がこれまで支援してくれるなら大丈夫だ。」と判断した結果であると供述する原告本人尋問結果の方が全体の流れに沿ったものとして説得力もあり信用できるものである。

右の経緯に鑑みると、業務に関して顧客を訪問することが希有である支店長が原告を訪問した真の主目的は、原告がビル建設を中止すると、被告支店が予定していた石井鉄工に対する債権回収の見込みが狂ってしまうことから、島田ビルの建設計画の相談を担当者のみに任せていたのでは埒があかないと判断して、支店長自らが金利上昇分についても被告支店が原告の返済計画に協力できるとの姿勢を示す必要があって訪問したものであると解するのが相当であり、他に右認定を覆すに足る証拠は見当たらない。

6  以上右認定したところによれば、被告支店は、本件弁済充当によって、石井鉄工から五三六五万〇九四一円の貸付債権を回収し、同額の利得を得たのであるが、それは、原告の本件振込金が石井鉄工の口座に入金になることを予定して行われたものであることに鑑みると、被告が債務超過の建設業者である石井鉄工を契約の相手方として原告に紹介しただけではなく、請負契約締結の前提ともいうべき融資契約での支払方法に協力する旨を申し出て、一旦はビル建設を断念した原告を翻意させて本件契約の成約に漕ぎつけ、石井鉄工の債務超過という事情を知らない原告に本件振込をさせたのであるから、原告の右出捐と被告の債権回収が偶然に一致したものではなく、被告支店が石井鉄工を原告に紹介した行為から始まって本件弁済充当に至るまで、時には直接的に時には間接的な形で被告支店が関与して本件弁済充当の実現を果したものであると解すべきであり、右認定事実を公平の原則及び自由競争原理の内在的制約に照らし勘案すると、被告には、本件弁済充当を受けた見返りとして、右債権回収の限度で債権超過にある石井鉄工の本件契約上の施工義務(以下「本件施工債務」という。)の履行を支援して本件振込金に見合う工事を行わせ原告に損害が生じないように配慮すべき義務が生じたものと解するのが相当である。換言すれば、取引銀行と顧客との関係において、銀行は、顧客と比べて経済的優位にあり顧客の経営的方面の指導者的役割りを果たすべき立場にあるのであるから、顧客が契約の対価として債務者に支払った出捐を銀行が合意に基づくとはいえ債務者から回収して自行の利得に充てる行為は、債権関係を侵害した第三者の行為に匹敵するものであって、信義則上、社会的妥当の範囲を超えているものというべきであり、そのようにして債権回収をしたのちに債務者の履行を支援しないまま放置して倒産に至らせた場合には、自由競争の必然の成り行きとして是認し自由経済の競争原理に悖るものではないと擁護できるものではなく、自由競争原理の範囲を逸脱したものとして不法行為に該当するというべきである。

7  右認定のとおり、被告は、原告の出捐によって得た債権回収という利得の範囲内で本件施工債務の履行を支援すべき義務を負担したのであるが、この点について、被告は、本件契約の前後において石井鉄工の運転資金を融資してきたのであるから、本件弁済充当により本件施工債務の履行を妨げたことにはならないし、本件施工債務の履行について支援義務を怠っていなかったとの趣旨を主張するものと理解しうるが、被告支店の右融資は、いずれも本件契約以前に石井鉄工の振り出した支払手形決済のための原資であって、本件施工債務の履行として下請業者に支払われたとか、島田ビル建設の資材購入の原資にあてられたことを示す証拠もなく(証人村瀬は石井鉄工を訪問した際、島田ビルの建設資材が保管されていたこと、決算書類に原告の仕掛け工事が計上されていたことを挙げて、本件施工債務履行に支障がないことを確認した旨供述するが、後記のとおり、契約に至らない段階でそのための資材を蓄積するほどの余裕が石井鉄工にあろう筈がなく、また、一億七〇〇〇万円の請負工事について仕掛け工事として計上されている一億六〇〇〇万円余が虚偽のものであることは銀行員であれば容易に気づく筈であり、気づかなかったとすれば如何に杜撰なチェックをしていたかということである。)、右被告主張は理由がない。

もちろん、石井鉄工が本件振込金を直接本件施工債務の原資としないで他の工事の運転資金に利用することは企業運営の常識であるが、当時の石井鉄工の財政状況から見て積極的な資金運営は絶望的であり(甲一ないし四、乙二、証人村瀬及び弁論の全趣旨)、仮に本件振込金が他の工事の運営資金に転用されたとしても本件施工債務に別の工事資金を運用できる資金回転が行われていたとの立証がない以上、本件弁済充当をもって、本件施工債務の履行に支障を来したと推定することができ、被告主張の融資は本件施工債務の履行を助けるものであったと認めることはできない。

8  また、被告は、石井鉄工の倒産直前においても、運転資金を援助する予定であったところ、石井鉄工代表者が突然の脳梗塞で倒れ入院したこと及び義人が突然失踪したことの二重のアクシデントの結果、倒産に至ったものであって、被告として予測することができなかったと主張し、乙号証としてこれに沿う担当者の陳述書を提出するが、いずれも石井鉄工の倒産直前の後記客観的状況(会計処理も一見して明らかなように粉飾決算となっている。)と食い違うもので信用できず、他に被告主張を認めるに足る証拠がなく、かえって、石井鉄工は、平成四年から翌年にかけては、累積赤字を抱えていつ倒産しても不思議ではない経営状況にあって、メインバンクであった太平洋銀行(被告主張)の貸付額が平成二年から平成四年にかけて大きな変動がないばかりか、平成五年五月に至っては、太平洋銀行から見放された状況にあった(乙二)のに、被告支店の貸出額は、平成二年末が一億〇二九〇万円(甲一)、平成三年末が一億六九〇〇万円(甲二)、平成四年末が二億一〇八〇〇万円と増加の一途を辿っていたことに鑑みると、平成五年五月から倒産した七月末ころは、被告からの融資なくしては生き延びることのできない瀕死の状態、換言すれば、被告としては石井鉄工に対する融資を打ち切っていつ倒産させるかのタイミングを計っていた状態にあったものと解するのが相当であり、石井鉄工の倒産が被告にとって予測できなかったものではなく、被告の不可抗力の主張は理由がない。

なお、義人が行方を眩ませたのも、一回目の不渡りを出し、二回目の不渡りを回避するための僅か一〇〇万円の融資を申し入れたにもかかわらず、被告支店に断られ、これではもはや石井鉄工の倒産は避けられないと判断した結果、倒産後の債権者の追求を恐れて失踪せざるを得なかったものと推定され、義人が失踪する以前に不渡りの発生は予定されていたと解するのが相当である。

(一) 平成二年から平成四年までの債務超過状況(甲一ないし三)

平成二年末の次年度繰越の損失

金二億〇九一四万六八三一円

平成三年末の次年度繰越の損失

金二億二三九八万二四九〇円

平成四年末の次年度繰越の損失

金二億二七九〇万九二二三円

(二) 売掛金未回収状況(甲一ないし三)

上野山貢三郎に対する売掛金一〇〇〇万円について平成二年から平成四年に至っても回収できていない。

寺田喜之助に対する九五五万円(平成二年末三九〇〇万円)について平成四年に至っても回収できていない。

(三) 契約締結前の平成四年の棚卸資産として原告に対する仕掛け工事代一億六五〇〇万円が計上されているが、前記認定から明らかなとおり、平成四年末ころは、原告が島田ビルを建設するかどうか検討中のころであり、石井鉄工が仕掛け工事として計上できるものではない(甲三)。

(四) その他、不渡手形を受取り手形として資産の項目に計上したり、倒産した会社に対する前渡し金を資産項目に計上している(証人村瀬)。

9  以上により、被告は、石井鉄工に対する本件施工債務履行の支援を怠った結果、石井鉄工の倒産及び本件施工債務の履行不能を招来して生じた原告の損害を賠償する義務があるといわねばならない。

二  争点3(原告の損害)について

1  前示認定のとおり、本件において被告が不法行為責任を負うのは、公平の原則に基づき、本件弁済充当により利得した債権回収の限度であるから、本件施工債務不履行によって被った原告の損害のうち、直接的な不履行部分、本件弁済充当額五三六五万〇九四一円から施工出来高相当額二二〇五万七二〇八円(甲一七)を控除した三一五九万三九三三円について被告の賠償責任を認めるのが相当である。

2  原告は、本件振込金の五五〇〇万円を被告支店が回収したことを前提として右振込金額を損害賠償の対象とするが、本件弁済充当との差額一三四万九〇五九円については、最終的には被告が石井鉄工の融資金の一部に弁済充当したものと推定できるとしても、被告が積極的に行った本件弁済充当分と異なる右差額分は公平の原則に違反する債権回収に該当するものではなく、被告の賠償対象とすることは相当でないというべきである。

右に同じく、島田ビル建設の不能により被った間接的な費用及びビル建設によって得られたであろう逸失利益についても、被告に賠償責任を負わせるのは相当でない。けだし、原告の被った損害のうち被告が利得した範囲において被告の支援義務があると認めるのは、前示経緯における本件弁済充当が公平の原則に照らして問題があるからであり、被告に本件契約の履行全体についての監視義務を認めるのは行きすぎであって、被告の賠償義務の範囲は原告が被った損害のうち、直接損害である石井鉄工の本件施工債務の不履行部分に限定されると解するのが相当である。

三  なお、右のとおり、主位請求の認容(不当利得の主張は本件事案では成立しない。)により、予備的請求の詐害行為(争点2)については判断を不要とするが、念のため検討すると、前示認定事実によれば、債務超過にある石井鉄工と被告支店が合意のうえ行った本件弁済充当が、「債権者を害することを知りてなしたる」ものに該当するものであること、かつまた、被告支店が本件弁済充当のとき、石井鉄工の債務超過を知っていたのであるから、詐害行為の成立は明らかである。

被告は、本件弁済充当前後に行った融資を理由に詐害の事実を知らなかったと抗弁するが、右認定のとおり、詐害行為についての受益者の悪意は本件弁済充当の時にあれば足り、その後の事情に左右されるものではないのであるから右抗弁は理由がない。

四  以上により、被告は、原告に対し、右認定の限度で不法行為責任を負担すべきであるから、本訴請求はその限度で理由があるが、本件施工債務の履行不能が明らかになったのは、原告が本件契約を解除した平成五年八月一〇日であるから、付帯請求はその翌日から起算するのが相当である。

よって、右認定に反する原告のその余の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官澤田三知夫)

別紙弁済目録

一 太平石井鉄工有限会社が、平成五年四月二七日、被告押上支店にある同社の当座預金口座(口座番号三〇四八〇二)から被告に対してなした、金四三〇〇万円の弁済

二 太平石井鉄工有限会社が、平成五年四月二七日、被告押上支店にある同社の当座預金口座(口座番号三〇四八〇二)から同支店にある石井喜一郎の普通預金口座(口座番号一四九四九六)を経由して被告に対してなした、金一二〇〇万円の弁済

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